エッセイ

携帯電話普及以前の懐かしい時代のお話

2022年3月2日

 

私が営業職に就いたのは平成の始め頃でした。丁度、コンプライアンスが厳しくなってゆく過渡期です。その当時と現在では法令の存在感が大きく違います。

イメージとしては、立ちションもタバコのポイ捨ても当たり前。詐欺も押売りも、よほど悪どくなければ「買ってしまった方が悪い」という感じでした。酔払いにも寛容でした。

丁度、数年前の中国のイメージです。50代以上の年代の人は、当時の中国人の非常識ぶりを見て「信じられない」というよりは、「昔の日本もああだったよなぁ」と懐かしく感じていたのではないでしょうか。私は、「昔の日本は、ミスが許されて住みやすかったよなぁ」とさえ感じます。

昔の人たちは、「自分のトラブルは自分で交渉して解決する」というのが当たり前のスタンスでした。当時、弁護士とか裁判というワードは殆ど聞いた事がありません。

営業マンも自分が正しいと思えば、クレーマーや、そうでないお客様に対しても、かなり自由に、時には険悪になるくらいの反論をする事も許されていました。

当時は上司のスタンスも、「おもいっきりやれ!責任は俺が取ってやる!」というのが当たり前でした。活動量の少ない上司の給料が高い事に、ちゃんと責任を持つ事への対価という理由がありました。

上司が同じ方向を向いてくれていたので、「上司を出せ」と言われても「お断りします」とはっきり言えましたし、仮に上司が出て来たとて、「その人、私より強烈で、しかも私の味方だよ」という感じでした。

そのためクレーマーも、今のように好き勝手に成長していかなかったように思います。

今の上司のスタンスは、「おもいっきりやれ!失敗したら責任は取ってもらうけどね。」ですもんね。上司が出てきたら、お客様側の席に付きます。上司というよりも、アウェイの審判のようです。しかし、これは会社の方針や、上司を評価する経営陣の度量の問題だと思います。

営業の仕方もパソコンやスマホなど存在せず、情報の整理は人により雲泥の差がありました。パソコンで情報を整理するのが得意な人は、ある意味、今よりも有利だったと思います。パソコンが無くても情報の整理は出来ますが、フォーマットをコピペする事は出来ないためです。

当時は手作りの顧客向け資料さえも許されていました。私がその当時ですら衝撃を受けたのは、ある大手証券の公式のパンフレットでした。そこから2年ほど遡ったNTTの公募のパンフレットなのですが、右上にデカデカと「500万円確実」と刷られていました。

そりゃ政府もコンプライアンスに力を入れるでしょう(笑)

訪問営業も今とは違います。上場も近いかなと思われる程の会社の社内にも、営業マンがかなり自由に入って行けました。証券会社の営業部屋にも、許可もなく保険のお姉さんやヤクルトのおばちゃんなどが何時もいたような気がします。

そんな私も、大手のお客様が営業部屋でくつろいでいた時にはさすがにビックリしました。支店長が案内したそうです。聞かれちゃまずい話だらけだろうに。

個人宅も、どこそこの社長など、普通には格が違い過ぎて接点のないお客様とも運が良ければお話出来たりしていました。彼らが仕事から帰る夕方7時8時にアポなしで訪問出来たからです。さすがに9時半とか10時過ぎなどはアポの電話をしていましたけれども。今では、そのアポの電話すら非常識と言われるでしょうね。

夜8時9時になると上司が「さあ、ゴールデンタイムだ!」などと宣っていました。我々の帰りが終電になるのも頷けます。

今で言えば完全にブラック企業なのでしょうけれども、「お客様に言われて逆らえない」とか「上司に言われて逆らえない」などと言うストレスは、今よりも遥かに少なかったように思います。逆らう事がある程度許されていたからです。

そして、何より良かったのが、スマホがないので、どんなに辛い時でも「行ってきまーす」で逃げ切りでした。後は夕方支店に帰るまで少し気が抜けます。

数年後、ポケベルなどというものが普及し連絡を催促されるようになり、更に、携帯電話の発売で戦慄が走るとは夢にも思っていませんでした。

携帯電話が発売された時、「携帯電話は欲しいけれども電話番号はおろか、持っている事も絶対に会社には知られてはならない」とみんな思っていました。

携帯電話が発売され、私「パチンコ行きたい時はどうするのさ」上司「いや、そこまで細かくは管理する気はないよ」などという会話をしたのを覚えています。与えられた数字さえこなしていれば緩い時代でした。

因みに、携帯電話が普及する時、同時期に発売され携帯電話よりも遥かに注目されていたのがPHSでした。通話料金が携帯電話よりも格段に安かったからです。しかし、始まってみると爆発的にシェアを奪っていったのは携帯電話でした。私の中では、あの時なぜそうなったのか、未だに謎です。

 

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